2011年6月26日日曜日

大入り満員

今日は賀茂教会に同志社大学神学部大学院教授の関谷直人先生が説教に来て下さいました。礼拝には大学で先生の授業に出席されている学生さんたちもたくさん来られて、礼拝堂がいっぱいになりました。このところ礼拝出席者が増えたこともあって、教会では讃美歌を数冊買い足したのですが、今日はスリッパが全部無くなってしまいました。椅子の数もギリギリ。(このまま行くと、裸足で立ち見する人が出てくるかもしれません。笑。)いずれにしてもたくさんの人が礼拝に来て下さることは、本当に嬉しいことです。

関谷先生が賀茂教会でお話をして下さる時はいつもギター持参で讃美歌を1~2曲歌って下さるのですが、今日は讃美歌54年度版の第2編から157番を歌って下さいました。



最初の方はビデオが寄りすぎていたので、最後の4節だけです。すみません。

今後できれば、地方会員の方や様々な理由で礼拝に来られない人のために動画配信をしたいと思っています。今日はテスト録画をしてみたので、最初の冒頭部分をお見せしたいと思います。(実を言うと、普通の小さなデジカメを使っていたので、10分経った時点でカメラがスリープしてしまい、冒頭部分しか撮れていなかったのですけどね…。)

反響があったら今度はきちんと三脚を立てて、動画撮影用のカメラを持って行きます。

 

説教の内容はマタイによる福音書の7章7〜12節から、「求めなさい」ということがテーマでした。

先週の野本先生の説教ではグレゴリア聖歌の「クレド(=使徒信条)」が紹介されましたが、今週の関谷先生の説教では「苦難にある者たちの信条(A Creed For Those Who Have Suffered)」という詩が紹介されました。(本によっては「病者の祈り」として紹介されています。)

大きなことを成し遂げられるように
力を与えて欲しいと神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より善きことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の存在が必要であることを学ぶために
弱さを授かった

人生を享楽しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるように
命を授かった

求めたものは一つとして
与えられなかったが
願いはすべて聞き入れられた

神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りは
すべて叶えられた

私はあらゆる人の中で
最も豊かに祝福されたのだ!

・・・という、心に沁みる詩です。
6月26日の週報です。※プライバシー保護のため、教会員の名前は記載していません。

今日は21日に亡くなられた私たちの姉妹の遺影をお花の前に飾って礼拝を守りました。天国で再会できるとしても、ひと時のお別れはやはり寂しいものです。ご遺族の方々の上に神様の慰めがありますように、お祈りしています。

礼拝後、青年会ではいつものカフェ・ベルディに14人でお邪魔しました。そろそろ人数的に限界なので、青年会では礼拝が終わった後の集会場所を「求めて」います 
どなたかを通して聖霊が働かれて、集会場所が与えられないだろうか、と祈っている次第でございます。(文責 木谷佳楠)