2011年5月8日日曜日

『わたしのおかあさんは世界一びじん』

母の日が近づくと、最近ではどこに行ってもカーネーションや母の日ギフトが店頭に並ぶので、うっかり「母の日を忘れてしまった!」ということが無くて助かります。
賀茂教会でも毎年野本先生が母の日にちなんだ説教をして下さるので、教会員は仮に説教を聞くまで母の日のことをうっかり忘れていても、礼拝の後にお花屋さんに駆け込むことができるという、ラッキーな(?)環境下に置かれているのです。

今日の説教では、母の日にまつわる色んなお話を聞かせて頂いたのですが、先生が説教中にご紹介下さった『わたしのおかあさんは世界一びじん』というウクライナの絵本がとっても素敵だったので、ブログでもご紹介させて頂きたいと思います。

↓野本先生の説教から。
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主人公はワーリャという6つの女の子です。小麦の収穫を手伝いにお父さんとお母さんと一緒に麦畑へ行って、そばで遊んでいたのですが、途中で小麦の間で休んでいる内にスヤスヤと眠ってしまったのです。
目が覚めたら、お母さんがいませんでした。
ワーリャはあちこち探すのですが、だんだん日が暮れていきます。すると、空き地のところで知らない人たちが集まっているところに出くわします。「かわいそうに、迷子になったのね」と言いながら皆ワーリャのところに寄って来て、名前やお父さん、お母さんのことについて訪ねます。しかし、ワーリャは悲しくて、声も出ませんでした。しまいに、やっと泣きじゃくりながらこう言いました。


「わたしのおかあさんは、世界一びじん!」


そこで、「世界一美人」というワーリャのお母さんを皆で探すことになり、少年たちが村中の美人のお母さんを呼び集めて来ました。
しかし、ワーニャのお母さんはいません。そこで、ワーニャはまた悲しくなって、シクシク泣き始めます。
ちょうどそこへ、一人の女の人が息せき切って駆けつけて来ました。顔は大きくて、まん丸で、ずんぐりした鼻の上に、細い目がちょこんと付いていました。「ワーリャ!」と、その女の人は叫びました。「おかあさん!」と、ワーリャも叫んで、二人はお互いの腕の中に飛び込みました。


ワーリャとおかあさん

・・・こういうお話なのですが、ウクライナに伝わる「綺麗だから、好きなのではない。好きだからこそ、綺麗に見えるのだ!」という諺と、そして最後にお母さんがワーリャを抱きしめて「世の中には目でしか見ない人もいるし、心で見る人もいるのよ。あたしのワーリャが目だけでなく、こころでも見てくれるのは、とてもうれしいわ」と言うお母さんの言葉で終わっているのです。


出典:ベッキー・ライアー『わたしのおかあさんは世界一びじん』(大日本図書, 2010年)。
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今日の聖書箇所はサムエル記上の16章1-13節でした。サムエルがエッサイの元へ行き、ダビデを見出す箇所です。
当初、サムエルはダビデの兄であるエリアブに目を留めますが、主はサムエルに「 容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」と言われます。
「わたしのおかあさんは、世界一びじん!」と言ったワーリャは、主と同じように心によってお母さんを見ていたのですね。心によって他者を見る時、そこには愛の交流があるのだと思います。


ちなみに、私も自分の母が世界で一番のお母さんだと思っています。母が作るお菓子も、私にとっては世界一美味しいお菓子です。外見とか料理の腕ではなくて、「好きだからこそ」世界一だと思えるのです。
私の弟も小さい頃、「僕が大きくなったらママと結婚する!」と言っていました。姉から「ママはもうパパと結婚しているから無理なんだよ」と教えられると泣き出してしまったことがあります。今ではそんなこともすっかり忘れているかもしれませんが。笑。
5月8日の週報です。※プライバシー保護のため、教会員の名前は記載していません。


ちなみに週報の「報告」に載っているように、5月4日の京都教区総会で准允を受け、所信表明を述べさせて頂きました。
当日見に来て下さった野本先生、益世先生に感謝。


所信表明を終えた後


京北教会の今井牧夫先生もブログに准允式のことを書いて下さいました。感謝。(文責 木谷佳楠)


今井先生が送って下さった写真です